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二十歳の頃、目指していた舞台が2つあったっけ。 1つは、座付き作家が有名で、日本を題材に本当に面白い作品ばかりを作り出す劇団の舞台。もう1つは、毎回スケールがでかく、かつ繊細な舞台を作り出す演出家の舞台だ。 この2つは、自分が観ていて楽しいと思う気持ちと、演りたいと思うものが、初めて合致した舞台だった。 しかし最近は、他のことにも色々と興味がわいていたので、この2つの舞台だけを強く意識するということはなくなっていた。 今年の初め、兄貴分より「仕事が入って観に行けない。お前代わりに行かないか?」と、舞台のチケットをもらった。 8,000円の席!? ラッキー!と思いつつ、4,000円の舞台が2つも観れるのにもったいないねえ、なんて貧乏臭いことを考えながら観に行った。 そして……久しぶりに観た! そう、あの頃憧れていた舞台の1つを……。 電車での帰り道。胸に一度、ガツンと落ちたかたまりを、牛のように少しずつ戻しては咀嚼しながら帰った。 どこをとっても作りは大きいのに、大味じゃない、あの演出家の舞台。 カバンより出してはしまい、しまっては出していたチラシも、最後は左手ににぎりしめていた。 もう一度そのチラシを広げたとき、この演出家のワークショップへの参加を決心した。この演出家の頭の中を、少しのぞいてみよう、と。 ワークショップの参加には、オーディションがあった。 その課題として、『三人姉妹』『ロミオとジュリエット』『エレクトラ』の3つの戯曲から、それぞれ長台詞が用意されていた。 オーディション当日の3日前になって、私は『エレクトラ』の冒頭部分にある独白を選択した。なぜなら、これが一番難しそうだからである。 3月17日、オーディション当日。私は雨女だが、この日は晴天。天然パーマの髪の毛も広がらず、調子が良い。 衣裳は黒のワンピースと、素足に黒のカンフーシューズ。髪はバサッとおろし、手には、前日1時間半かけて選び抜いた絶品の籐カゴを、小道具として握りしめ、オーディション会場へ乗り込む。それ以外は、音響も下手なメークも用意しなかった。演出家に体当たりするつもりだったから。 「93番、田村まどかさん!」……いよいよ呼ばれた。 改めて名を名乗り、左手にカゴを握りしめ、上手奥へ行く。 スタンバイOK! 演出家が「スタート!」と、手を叩く音が聞こえる。 私の第一声は、思ったより安定していた。台詞が途中つまったが、焦りは全くない。自分が少し成長していることに気付く。 逃げない――私はその場を背負うという大変さを、少し理解しているかもしれない。ここまで私を育ててくれた、ひとりの先輩のことを、思った。 その時、座りなおし、隣りの人から私のプロフィールを受け取る演出家の姿が、目の端に飛び込んできた。 最後の台詞をしぼり出す。 再び、演出家の「やめ!」の手を叩く音。 芝居は終わった。やるだけのことはやった。 頭を下げ、去ろうとしたとき、ずっと無言だった演出家が口を開いた。 「おい、台詞の間が全部一緒だよ」。 石原都知事のような、上目づかいの恐い笑い顔だった。しかし、嬉しかった。 その3日後、合格の通知が届いた。 私の前に、もう1つ戸が開いた。せっかくだから、一歩踏み出してみようかなと思っている。 |